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“ゴルフ場さえ見てれば大丈夫” ピークは年間43試合・60年超のゴルフ人生で世代につなぐ言葉とは 青木功×佐藤信人インタビュー<2>
2019年4月29日(月)午後0:00
ツアー通算85勝で日本ゴルフツアー機構(JGTO)の青木功会長に、JGTO理事でツアー9勝の佐藤信人プロがインタビュー。後半となる今回は、自身の海外ツアー経験のことから、当時の驚愕の年間スケジュール、そして今季のツアーに期待することについてお話を伺いました。最後は、後輩プロゴルファーたちへのメッセージが込められています。
佐藤 青木さんがハワイアン・オープンを勝ったのはだいぶ若い時だと思っていたんですが、自分が解説者にやるようになって調べたら青木さんが40歳の時なんですね。
青木 41になるときだね。
佐藤 今の日本ツアーでいうと、ヨーロピアンツアーに40歳になる谷原秀人くんや宮里優作くんとか、若い川村くんとかも行っていますし、PGAツアーでは小平くんもいますけど、みんな海外志向があるじゃないですか。そのあたりはどうですか。
青木 ひとつは、自分のゴルフがどれだけできるかですよ。日本で活躍して勝って、QTとか通って資格をとっていくわけだよね。その時に、ヨーロッパとアメリカとの違いを解ってないでいっちゃダメ。アメリカ人って、どっちかというとみんなボールをすくい上げるんですよ。日本人はどっちかというと(ダウンブローでボールを)潰していく。ヨーロッパの選手は転がしていくわけ。それを見てて、自分がそうなっちゃう可能性があるの。ひとりでいくから。それで日本に帰ってくると、「おまえそんなアッパーブローで打ってた?」っていわれて。治すのに2〜3年かかったことがある。
佐藤 海外に行くと、自分のスタイルを見失って崩れていくと。
青木 「おかしいな、こうやって打てばよかったんだけどな」とか、低い球の打ち方を忘れちゃったりして。手元からあげちゃうんだよね。
佐藤 当時のアメリカツアーの選手はやっぱりみんな高いボール打ってたんですか?
青木 バラタボールとパーシモンでも結構高かったよ。でも、自分では(高いボールを)打ってるつもりは無いんだよ。普通に打ってるつもりが高くなって、全然飛ばないんだよ。それを治そうとしても出来ないんだよな。(アメリカで)みんな同じタイプの人を見ちゃってるから。で、日本に帰ってきて、例えば佐藤くんに「青木さん、昔こうでしたよね、なんでそうなっているんですか?」言われたとしても、「え、オレそんなことしているつもりないよ」っていう。
佐藤 青木さんでもそういう苦労があったわけですね。壁というわけじゃないですけど、試行錯誤みたいなものが。
青木 自分の打順まで、人のプレーを見てるじゃない。あれが一番悪い影響があるよね。自分のスタイル忘れちゃうもん。
佐藤 なるほど。見て勉強しろなんて言うけど、あまり見すぎるのも良くないと。僕もそう思います。見過ぎちゃうんですよね。
青木 小平にしても谷原にしても川村にしても、たぶん、自分が勝ったときのゴルフをやれてるかというと、やっているつもり、とは言うかもしれないけど、意外と変わってると思うんだよ。自分のクセがあるじゃない。それに対して応用していることのほうが多いわけだから、それを無くして別のものにしようとすると、(自分のスタイルになるまで)時間がかかるよね。基礎ってのは、あくまで自分が最初に覚えたもので、それに応用していったほうが早いと思うんだよね。
佐藤 青木さんがハワイアンオープンに勝ったときは、ヨーロピアンツアーも勝ったじゃないですか。ドイツでしたっけ?
青木 イギリス。サニングデールね(1983年のパナソニック・ヨーロピアン・オープン)。
佐藤 ああ、サニングデールでやったんですか。あれも勝って。で、海外に専念していたのかなと思ったら、日本の賞金ランクも2位に入ってて。あれどういうスケジュールなのかなと。あの年、何試合くらい出たって覚えてます?
青木 43試合でたの。
佐藤 よ、43試合?1年間で?
青木 そう。それを5年間続けたの。
佐藤 それ5年間やったんですか!?
青木 いま思うと、あの当時はゴルフ場にいたほうが疲れないの。練習するしないはともかく、ゴルフ場にいて、「あ、もう暗くなったからできないや」ってなったら帰ってメシ食って。なんにもやることなしに寝て。明日なにかにやろうとか考えたことはないんだよね。起きたらそのままゴルフ場に行って、多少は「昨日はこうだった」って思い出すことはあったかもしれないけど、今日は今日、昨日は昨日って、分けちゃってるから。
佐藤 1日1日、あまり後先のことを考えずに目の前の対応をしていたってことですね。当時40歳を超えていたと思うんですけど、そういう生活をする秘訣というか、続けていたこととかはあるんですか?
青木 ストレッチとかはやってたよ。でもそういう生活をやるためには、アメリカが一番いいな。余分な言葉も何もわからないから、自分の日課を作って、腹減ったら食う、寝たきゃ飲んで寝る。アメリカツアーは、東海岸から西海岸とか遠いじゃない。でも、1週間の休みってなったら、フロリダにいって1週間練習する。カナダとかあっちのほういっても、どこにいっても、ゴルフ場さえ見ていれば大丈夫。
佐藤 “ゴルフ場さえ見てれば大丈夫”。ここが、青木さんの強さだと思うんだよなぁ。ゴルフをやっていれば、自分をこうしなきゃとか、明日はあれやらなきゃとか無いですよね。
青木 絶対やんない。
佐藤 青木さんが最後に日本ツアーを優勝したのは、カシオワールドオープン(1992年)で50歳の時ですよね。30歳くらいで初めて勝って、そこからほぼ毎年優勝があるという。長いスパンで活躍するって、プロゴルファーにとって一番の理想ですよね。僕なんか短命で終わったんで、その秘訣って無いのかなと思って。
青木 秘訣?まず最初はね、勝つようになったら「オレが世界一上手い」って思うことだよ。
佐藤 それは思えない(笑)。
青木 それじゃダメじゃん(笑)!だけど、それくらい自分に欲があってもいいはずだよ。あとは、例えばプレーしていてボールがディボット跡に入ったとするじゃない。そうしたら「うーん、最近オレはディボット跡にボールが入らないから、ゴルフの神様がたまには練習しろよ」って言ってるんだなと思うようにするんだよ。
佐藤 なるほど、がっかりするんじゃなくて、そう処理するわけですか。
青木 失敗したら「今度は気をつけろよ」と神様が言ってるんだと思ってるから。
佐藤 そうか、そう思えばいいんだ。。。
青木 もっと早く言えば良かった?(笑)
佐藤 いやいや(笑)。親父にも1回同じようなことを言われたことがあって。現役の時、ギャラリーの人が魔の悪いところでビニールをビリビリと破いたりすると「ああもう!」とか腹を立ててたんですよ。でも、そういうのに腹を立てても何の意味もないから、それは「仕切り直しできてよかったな」と思えと。これ、親父が残した唯一のいい言葉なんですけど。
青木 (その当時)聞く耳持たなかったのがいけないんだよ。
佐藤 現役のときはそういう耳がなかったんですね(笑)。
青木 オレは、15の春からゴルフ場生活を初めて、今年76になるからもう61年だよ、ゴルフ場生活。・・・、長ぇな(笑)。
佐藤 まだゴルフに対する欲望とか、ありますよね。
青木 あるある。だから、いまJGTOの会長やってるけど、椅子に座ってるのは憂鬱(苦笑)。
佐藤 わかります。青木さんはやっぱりゴルフ場を歩いていたいですよね。
青木 そうそう。そうしてたら、もっと元気な顔をみせられるんじゃないかなと。(昨年体調を崩したが)体調もだいぶ良くなってきたからね。プロアマにも出られるように体調を戻したいと思ってるけど、ゴルフに携わってるものが「ゴルフが出来ません」っていうのが一番辛いよ。
佐藤 青木さんには、プロアマで一緒に回っているアマチュアの人と勝負している姿をみたいですね。
青木 負けたくないっていうね。で、負けるからまた火がつくんだけどね。そういうのが、オレの人生のなかであるんだよね。
佐藤 最後になりますが、今季のツアーについて、どうしたいとか、どうなってほしいとかありますか。
青木 まずは、昨年の初優勝者が頑張ることね。周りに流されたりしないで、自分のことをやる。それと、来年はオリンピックがあるので、まだ誰が出ると決まったわけじゃないから、チャンスは自分たちで掴めと。有力視されている人が病気になったりするかもしれないし、そもそも自分が頑張って行っちゃえばいいし。競争してほしい。競争すれば、自分がやっていることの良し悪しがわかるし、五輪に出られなくても「やった、やり遂げた」と思える価値観を、ひとりでもふたりでも感じてほしいな。
佐藤 今年はZOZOチャンピオンシップもあるし、賞金ランキングとか、メルセデストータルポイントランキングとか、そういうものにみんなで貪欲に競争しようと。
青木 そう。プロゴルファーとして、自分の満足感がどれくらいあるか。それによって、自分の生涯で賞金王が1回しかできないかもしれないけど、それを目指すことに没頭してやるかやらないかで、全然違うと思うよ。そういう意味では、今の若い人はチャンスだと思う。自分がどれだけ稼げるかとか、勝てるかとか、目標を持つのはいいけど、あまり先のことを目標にすると「まだ時間があるな」とか考えちゃうから、その場その場で考えたほうがいいかな。
佐藤 やはり1日1日、ということですね。ありがとうございました。ずっと聞いていたいですけど、本当に貴重なお話でした。
青木 いやいや、ありがとう。
佐藤 本当にありがとうございました。また(JGTO理事として)部下になりますけど、よろしくお願いします。
青木 ハッハッハ(笑)よろしくお願いします(笑)。
海外参戦の落とし穴は「自分のスタイルを忘れてしまうこと」
佐藤 青木さんがハワイアン・オープンを勝ったのはだいぶ若い時だと思っていたんですが、自分が解説者にやるようになって調べたら青木さんが40歳の時なんですね。
青木 41になるときだね。
佐藤 今の日本ツアーでいうと、ヨーロピアンツアーに40歳になる谷原秀人くんや宮里優作くんとか、若い川村くんとかも行っていますし、PGAツアーでは小平くんもいますけど、みんな海外志向があるじゃないですか。そのあたりはどうですか。
青木 ひとつは、自分のゴルフがどれだけできるかですよ。日本で活躍して勝って、QTとか通って資格をとっていくわけだよね。その時に、ヨーロッパとアメリカとの違いを解ってないでいっちゃダメ。アメリカ人って、どっちかというとみんなボールをすくい上げるんですよ。日本人はどっちかというと(ダウンブローでボールを)潰していく。ヨーロッパの選手は転がしていくわけ。それを見てて、自分がそうなっちゃう可能性があるの。ひとりでいくから。それで日本に帰ってくると、「おまえそんなアッパーブローで打ってた?」っていわれて。治すのに2〜3年かかったことがある。
佐藤 海外に行くと、自分のスタイルを見失って崩れていくと。
青木 「おかしいな、こうやって打てばよかったんだけどな」とか、低い球の打ち方を忘れちゃったりして。手元からあげちゃうんだよね。
佐藤 当時のアメリカツアーの選手はやっぱりみんな高いボール打ってたんですか?
青木 バラタボールとパーシモンでも結構高かったよ。でも、自分では(高いボールを)打ってるつもりは無いんだよ。普通に打ってるつもりが高くなって、全然飛ばないんだよ。それを治そうとしても出来ないんだよな。(アメリカで)みんな同じタイプの人を見ちゃってるから。で、日本に帰ってきて、例えば佐藤くんに「青木さん、昔こうでしたよね、なんでそうなっているんですか?」言われたとしても、「え、オレそんなことしているつもりないよ」っていう。
佐藤 青木さんでもそういう苦労があったわけですね。壁というわけじゃないですけど、試行錯誤みたいなものが。
青木 自分の打順まで、人のプレーを見てるじゃない。あれが一番悪い影響があるよね。自分のスタイル忘れちゃうもん。
佐藤 なるほど。見て勉強しろなんて言うけど、あまり見すぎるのも良くないと。僕もそう思います。見過ぎちゃうんですよね。
青木 小平にしても谷原にしても川村にしても、たぶん、自分が勝ったときのゴルフをやれてるかというと、やっているつもり、とは言うかもしれないけど、意外と変わってると思うんだよ。自分のクセがあるじゃない。それに対して応用していることのほうが多いわけだから、それを無くして別のものにしようとすると、(自分のスタイルになるまで)時間がかかるよね。基礎ってのは、あくまで自分が最初に覚えたもので、それに応用していったほうが早いと思うんだよね。
40歳を過ぎて驚愕の年間スケジュール「43試合」
佐藤 青木さんがハワイアンオープンに勝ったときは、ヨーロピアンツアーも勝ったじゃないですか。ドイツでしたっけ?
青木 イギリス。サニングデールね(1983年のパナソニック・ヨーロピアン・オープン)。
佐藤 ああ、サニングデールでやったんですか。あれも勝って。で、海外に専念していたのかなと思ったら、日本の賞金ランクも2位に入ってて。あれどういうスケジュールなのかなと。あの年、何試合くらい出たって覚えてます?
青木 43試合でたの。
佐藤 よ、43試合?1年間で?
青木 そう。それを5年間続けたの。
佐藤 それ5年間やったんですか!?
青木 いま思うと、あの当時はゴルフ場にいたほうが疲れないの。練習するしないはともかく、ゴルフ場にいて、「あ、もう暗くなったからできないや」ってなったら帰ってメシ食って。なんにもやることなしに寝て。明日なにかにやろうとか考えたことはないんだよね。起きたらそのままゴルフ場に行って、多少は「昨日はこうだった」って思い出すことはあったかもしれないけど、今日は今日、昨日は昨日って、分けちゃってるから。
佐藤 1日1日、あまり後先のことを考えずに目の前の対応をしていたってことですね。当時40歳を超えていたと思うんですけど、そういう生活をする秘訣というか、続けていたこととかはあるんですか?
青木 ストレッチとかはやってたよ。でもそういう生活をやるためには、アメリカが一番いいな。余分な言葉も何もわからないから、自分の日課を作って、腹減ったら食う、寝たきゃ飲んで寝る。アメリカツアーは、東海岸から西海岸とか遠いじゃない。でも、1週間の休みってなったら、フロリダにいって1週間練習する。カナダとかあっちのほういっても、どこにいっても、ゴルフ場さえ見ていれば大丈夫。
佐藤 “ゴルフ場さえ見てれば大丈夫”。ここが、青木さんの強さだと思うんだよなぁ。ゴルフをやっていれば、自分をこうしなきゃとか、明日はあれやらなきゃとか無いですよね。
青木 絶対やんない。
佐藤 青木さんが最後に日本ツアーを優勝したのは、カシオワールドオープン(1992年)で50歳の時ですよね。30歳くらいで初めて勝って、そこからほぼ毎年優勝があるという。長いスパンで活躍するって、プロゴルファーにとって一番の理想ですよね。僕なんか短命で終わったんで、その秘訣って無いのかなと思って。
青木 秘訣?まず最初はね、勝つようになったら「オレが世界一上手い」って思うことだよ。
佐藤 それは思えない(笑)。
青木 それじゃダメじゃん(笑)!だけど、それくらい自分に欲があってもいいはずだよ。あとは、例えばプレーしていてボールがディボット跡に入ったとするじゃない。そうしたら「うーん、最近オレはディボット跡にボールが入らないから、ゴルフの神様がたまには練習しろよ」って言ってるんだなと思うようにするんだよ。
佐藤 なるほど、がっかりするんじゃなくて、そう処理するわけですか。
青木 失敗したら「今度は気をつけろよ」と神様が言ってるんだと思ってるから。
佐藤 そうか、そう思えばいいんだ。。。
青木 もっと早く言えば良かった?(笑)
佐藤 いやいや(笑)。親父にも1回同じようなことを言われたことがあって。現役の時、ギャラリーの人が魔の悪いところでビニールをビリビリと破いたりすると「ああもう!」とか腹を立ててたんですよ。でも、そういうのに腹を立てても何の意味もないから、それは「仕切り直しできてよかったな」と思えと。これ、親父が残した唯一のいい言葉なんですけど。
青木 (その当時)聞く耳持たなかったのがいけないんだよ。
佐藤 現役のときはそういう耳がなかったんですね(笑)。
60年を超えるゴルフ人生で世代につなぐ言葉は“競争してほしい”
青木 オレは、15の春からゴルフ場生活を初めて、今年76になるからもう61年だよ、ゴルフ場生活。・・・、長ぇな(笑)。
佐藤 まだゴルフに対する欲望とか、ありますよね。
青木 あるある。だから、いまJGTOの会長やってるけど、椅子に座ってるのは憂鬱(苦笑)。
佐藤 わかります。青木さんはやっぱりゴルフ場を歩いていたいですよね。
青木 そうそう。そうしてたら、もっと元気な顔をみせられるんじゃないかなと。(昨年体調を崩したが)体調もだいぶ良くなってきたからね。プロアマにも出られるように体調を戻したいと思ってるけど、ゴルフに携わってるものが「ゴルフが出来ません」っていうのが一番辛いよ。
佐藤 青木さんには、プロアマで一緒に回っているアマチュアの人と勝負している姿をみたいですね。
青木 負けたくないっていうね。で、負けるからまた火がつくんだけどね。そういうのが、オレの人生のなかであるんだよね。
佐藤 最後になりますが、今季のツアーについて、どうしたいとか、どうなってほしいとかありますか。
青木 まずは、昨年の初優勝者が頑張ることね。周りに流されたりしないで、自分のことをやる。それと、来年はオリンピックがあるので、まだ誰が出ると決まったわけじゃないから、チャンスは自分たちで掴めと。有力視されている人が病気になったりするかもしれないし、そもそも自分が頑張って行っちゃえばいいし。競争してほしい。競争すれば、自分がやっていることの良し悪しがわかるし、五輪に出られなくても「やった、やり遂げた」と思える価値観を、ひとりでもふたりでも感じてほしいな。
佐藤 今年はZOZOチャンピオンシップもあるし、賞金ランキングとか、メルセデストータルポイントランキングとか、そういうものにみんなで貪欲に競争しようと。
青木 そう。プロゴルファーとして、自分の満足感がどれくらいあるか。それによって、自分の生涯で賞金王が1回しかできないかもしれないけど、それを目指すことに没頭してやるかやらないかで、全然違うと思うよ。そういう意味では、今の若い人はチャンスだと思う。自分がどれだけ稼げるかとか、勝てるかとか、目標を持つのはいいけど、あまり先のことを目標にすると「まだ時間があるな」とか考えちゃうから、その場その場で考えたほうがいいかな。
佐藤 やはり1日1日、ということですね。ありがとうございました。ずっと聞いていたいですけど、本当に貴重なお話でした。
青木 いやいや、ありがとう。
佐藤 本当にありがとうございました。また(JGTO理事として)部下になりますけど、よろしくお願いします。
青木 ハッハッハ(笑)よろしくお願いします(笑)。
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