国内女子
「どうなってもいいから、あの子と優勝しておいで」渋野日向子選手コーチ・青木翔さん単独インタビュー<1>
2019年12月28日(土)午後0:00
2019年、海外メジャー1勝・国内4勝の大躍進を遂げた渋野日向子選手のコーチを務める青木翔さんに、CS放送ゴルフネットワークで放送の番組「渋野日向子の魅力!~その強さと笑顔の秘密~(12月30日よる8時初回放送)」のなかで単独インタビューを敢行、その内容を全3回に渡って連載します。今回は青木コーチが特に印象に残った試合について話していただきました。
去年の12月はまあ暇でしたから、普通にレッスンしていましたけど、今年はできないですからね。凄い1年でした。激動の1年であり、人生が変わった1年でした。渋野選手には驚かされることばかりで、ゴルファーとして、プロとして、基本的なことをやっただけで、ここまでくるとは思っていなかったです。
最初はシードが獲れたらいいなくらいで。QTランキングも(限定的な出場権となる)51〜55位でもいいし、もう1回QT受けてもしょうがない、予選通過も半々くらいかなというところが、まさかこんなことに。特にサロンパス(ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ・5月)以降ですかね。「どこまでいくんだ」という気持ちで見ていました。
印象に残った試合はたくさんあるんですけど、優勝するために必要なものを勉強できた試合はプロギア(ヨコハマタイヤゴルフトーナメント PRGRレディスカップ・3月)で、自分自身のスタイルがちょっとみえてきたのがバンテリン(KKT杯バンテリンレディスオープン・4月)。気を引き締めるとか初心に帰るという意味だとサントリー(宮里藍サントリーレディスオープン・6月)とか伊藤園(伊藤園レディス・11月)とか。人生がかわった試合はもちろん全英(AIG全英女子オープン・8月)なんですけど。
バンテリンのときは、初日に「81打ちました」って電話がかかってきて。「知ってる」って(笑)。「よう打ったなぁ」といったら落ち込んでいて、「どうしたらいいですか」って言われたんですが、「どうもこうもあるかい、どうせ予選落ちなら気持ちよく予選落ちしてこい」って言っただけなんですけど。
あまり深く考えてほしくなかったんですよね。今シーズンこういうときは絶対来ると思っていたので、その時の言葉は用意していました。2日目は熊本の難しいコースで思い切ってやったら66の6アンダーが出て。攻撃的なスタイルが自分に合うんだっていうのが見えてきたんだと思います。
個人的に勝って良かったな思ったのは、エリエール(大王製紙エリエールレディスオープン・11月)ですね。彼女は今年QT組でレギュラーツアーにあがってきたんですけど、キャディさんを専属でお願いすることが出来なかったんですね。ハウスキャディでやったこともあるし。で、サロンパスに勝ったあとで、ひとりのキャディさん(定由早織キャディ)にお願いしたんですけど、その子とだけ勝ってなかった。本人も僕も気にしていたし、渋野も気にしていたし。
だから余計に、あのコンビで勝ってほしかったというのがあって。台湾(スウィンギングスカートLPGA台湾選手権・10月)でチームミーティングしたときに、将来設計というか 最終目標だったり近々の目標、3年後、5年後、来年はどうしようかみたいな目標やスケジュールを立てているなかで、今シーズンの残りについて「あと4試合、どうなってもいいからあの子と優勝しておいで」っていうことを話していました。
勝ったときは、ふたりだけでなく全員泣いていましたね。僕もマネージャーも。去年のファイナルQTも担いでもらっていて、苦しい時を一緒に過ごしていますし、今年も一番担いでもらっている。渋野を一番よく知るキャディさんで、渋野も凄く信頼していて。そういうお姉さん的存在な人と一緒に戦って勝つというのは、彼女がゴルファーとして成長すること、人として成長できるという意味で、この壁を乗り越えてほしかったんですが、本当に嬉しかったですね。
エリエールは、当初現地に行く予定はなかったんです。でも渋野からLINEで「来い」って(笑)。日曜日の昼に伊丹から最終戦の宮崎に行く予定を変更して、車で松山へ向かいました。だから朝の練習は間に合ってないんですよ。スタートのときに「行ってらっしゃい」っていっただけなんで。そのことが優勝に1ミリでもつながってくれていたのなら、行った甲斐はありましたけどね。
(優勝会見で「青木さんが来てくれただけで安心です」といっていたエピソードを伝えると)むず痒くなりますね(笑)。
(写真:Getty Images)
自分のスタイルが見えてきたのは4月KKT杯バンテリンレディス・嬉しかったのは11月の大王製紙エリエールレディス
去年の12月はまあ暇でしたから、普通にレッスンしていましたけど、今年はできないですからね。凄い1年でした。激動の1年であり、人生が変わった1年でした。渋野選手には驚かされることばかりで、ゴルファーとして、プロとして、基本的なことをやっただけで、ここまでくるとは思っていなかったです。
最初はシードが獲れたらいいなくらいで。QTランキングも(限定的な出場権となる)51〜55位でもいいし、もう1回QT受けてもしょうがない、予選通過も半々くらいかなというところが、まさかこんなことに。特にサロンパス(ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ・5月)以降ですかね。「どこまでいくんだ」という気持ちで見ていました。
印象に残った試合はたくさんあるんですけど、優勝するために必要なものを勉強できた試合はプロギア(ヨコハマタイヤゴルフトーナメント PRGRレディスカップ・3月)で、自分自身のスタイルがちょっとみえてきたのがバンテリン(KKT杯バンテリンレディスオープン・4月)。気を引き締めるとか初心に帰るという意味だとサントリー(宮里藍サントリーレディスオープン・6月)とか伊藤園(伊藤園レディス・11月)とか。人生がかわった試合はもちろん全英(AIG全英女子オープン・8月)なんですけど。
バンテリンのときは、初日に「81打ちました」って電話がかかってきて。「知ってる」って(笑)。「よう打ったなぁ」といったら落ち込んでいて、「どうしたらいいですか」って言われたんですが、「どうもこうもあるかい、どうせ予選落ちなら気持ちよく予選落ちしてこい」って言っただけなんですけど。
あまり深く考えてほしくなかったんですよね。今シーズンこういうときは絶対来ると思っていたので、その時の言葉は用意していました。2日目は熊本の難しいコースで思い切ってやったら66の6アンダーが出て。攻撃的なスタイルが自分に合うんだっていうのが見えてきたんだと思います。
個人的に勝って良かったな思ったのは、エリエール(大王製紙エリエールレディスオープン・11月)ですね。彼女は今年QT組でレギュラーツアーにあがってきたんですけど、キャディさんを専属でお願いすることが出来なかったんですね。ハウスキャディでやったこともあるし。で、サロンパスに勝ったあとで、ひとりのキャディさん(定由早織キャディ)にお願いしたんですけど、その子とだけ勝ってなかった。本人も僕も気にしていたし、渋野も気にしていたし。
だから余計に、あのコンビで勝ってほしかったというのがあって。台湾(スウィンギングスカートLPGA台湾選手権・10月)でチームミーティングしたときに、将来設計というか 最終目標だったり近々の目標、3年後、5年後、来年はどうしようかみたいな目標やスケジュールを立てているなかで、今シーズンの残りについて「あと4試合、どうなってもいいからあの子と優勝しておいで」っていうことを話していました。
勝ったときは、ふたりだけでなく全員泣いていましたね。僕もマネージャーも。去年のファイナルQTも担いでもらっていて、苦しい時を一緒に過ごしていますし、今年も一番担いでもらっている。渋野を一番よく知るキャディさんで、渋野も凄く信頼していて。そういうお姉さん的存在な人と一緒に戦って勝つというのは、彼女がゴルファーとして成長すること、人として成長できるという意味で、この壁を乗り越えてほしかったんですが、本当に嬉しかったですね。
エリエールは、当初現地に行く予定はなかったんです。でも渋野からLINEで「来い」って(笑)。日曜日の昼に伊丹から最終戦の宮崎に行く予定を変更して、車で松山へ向かいました。だから朝の練習は間に合ってないんですよ。スタートのときに「行ってらっしゃい」っていっただけなんで。そのことが優勝に1ミリでもつながってくれていたのなら、行った甲斐はありましたけどね。
(優勝会見で「青木さんが来てくれただけで安心です」といっていたエピソードを伝えると)むず痒くなりますね(笑)。
(写真:Getty Images)
関連番組
渋野日向子の魅力!~その強さと笑顔の秘密~